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  • 2011.03.04 Friday
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走ることと僕

第一章 ランナーになる

振り返ってみると僕は2007年10月22日よりランナーとなった。今月でランナー歴1年である。ここでの「ランナー」の定義は全くの私的基準によるものであり、「私はランナーである」と心に誓った時から僕はランナーをしている。誰かの強制でなく、誰かのためでなく、誰かの勧めでなく、僕はランナーとなった。

もともと走ることは嫌いではなかったし、短距離ならば学生時代はそこそこ速かった。持久走(1500mなど)は苦手だったが、ゆっくりジョギングすることは性に合っていたのだろう。ランナーとなる前も時々走りたくなることがあったし、その都度気紛れに近所を走っていたことを思い出す。ただ日常的に走ることはなかったし、マラソンに出たいなどとは考えもしなかった。この先まだ知らない自分と出会うことがあると考えるのは楽しいもので、きっと人間長くやってみないとわからないことも沢山ある、そういうことなのかも知れない。現在の僕はランナーとなり、フルマラソン(42.195km)を完走したいと考えている。

この世が難解なことで満たされているのと同じくらい、至極自然に僕をランナーに導いた本がある。村上春樹さんのメモワール(エッセイ)で「走ることについて語るときに僕の語ること」(文藝春秋)である。1982年から25年にわたり職業作家(小説家)でありランナーであるというライフスタイルを維持してきた村上さんがタイトルどおり走ることについて語っている。僕はこの本を手にした日に、村上さんの意向とは相反しランナーとなることを決断している。村上さんはこの本の中でランナーになることを勧めることはない。ただ走り続けることがどのようなことであったか、それについて思いを巡らしたり、あるいは自問自答しているだけだ。

僕はできる限り「走ることと僕」というタイトルでLS委員会のコラムを綴る予定をしているが、村上さんの執筆スタイルに倣い、走ることを勧めるような文章は書かないことにしている。それはこのコラムに書く内容は、とても個人的な趣味であったり、ものごとに対する見解であったり、評価であったりすることが多いからである。それはある程度正直に僕という人間をさらけ出すことになり、恥ずかしい気持ちもあるが、LS委員会に配属とならなければ得られなかった機会なので、自由に書いていきたいと思う。こんな人間もいるのだなという程度に読んでいただきたい。


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